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読書について / 自分の考えを醸成させるために思索する

真に物事を考えるということは、自分の頭で思考するということである。
自分自身で結論を導き出すということ。
考えるためにはまず知らなければならない。
知るために本を読むとしても多読はいけない。
なぜなら本を読むということは、他人の考えを借りることだからである。
多くの本を読むことでわかった気になってはいけない。
他人の主観を経験を取り入れたとしても、あくまで他人のものであって、自分自身で導き出した答えではないのだから。

読んでいてとても耳が痛かった。
本を読むのは好きで、いろんな観点を学ぶことができる。
読んでいくうちに、どんな思想が自分にフィットしてくるかがわかるようになる。
そんな楽しみもあるからだ。
もちろん知らない世界の扉も開けてくれる。
肝心なことは、読んだものをただ真に受けることではなくて、学んだことをどう活かしていくか。
他人の思想という鋳型に自分を合わせるのではなく、自分の鋳型を作っていく。
自分なりの鋳型を鋳造してくことを「思索する」というのではないか。
凡愚なりにそう考えた。

また文章を書くにあたって、考えながら書くのはまだまだ二流で、思想がすでに出来上がっており、そのまま文章に落としていくのが優れた文筆家だというのだ。
そして文章を書くときも難しい言葉で煙に巻き、読者に考えをゆだねるような書き方ではなく、難しい表現をわかりやすく端的に、適切な表現で表すことが大事である、と力強く書かれている。
その意図するところには、人間の思考を間違いのないように表現するべき言語が、当時のドイツでは乱雑に扱われ、簡略化されていき、表現の幅が狭くなっている現状をこれでもかと述べ、悲嘆に暮れているからだ。

ある意味現在の日本語でも簡略化・省略化で、言葉が乱れている現状と重なるようにも思えた。
時代とともに言葉も変化するものだとは思うが、表現の機知が失われるべきではないのも確かだろうと思う。
いかに自分の言葉で考えを生み出す必要があるか、厳しく教えられる一冊だった。

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