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最高の生き方 / 集団に迎合しないために、人から承認されることを辞める

自分はすごいとか、なんでも知ってるとか、誰にも負けない特技があるとか、いろんな経験を重ねてきたとか、自分で自分に誇りを持つことは、素晴らしいことだと思う。
そのことをどうしても知ってほしくて、こんなにすごい自分を認めてほしくて、人は時に承認欲求を満たしたくなる。
一番簡単に「自分すごい」感が得られるのは、人と比べること。
人と比べて、自分の方が物知りだったり、うまくできたり、立場が上だったり、実力があったりすると、「自分すげえ」感が溢れてきて、こんなにすごい自分は認められてもいいはずだ! って思っちゃう。
それを自分の心の中だけで優越感を感じるならまだ可愛いものだけど、態度や声に出してアピールし始めると、それはもう本当にウザくて、迷惑で、近寄りたくなくなる。
「俺 (私) ってこんなにすごいんだぜ」「そんなことも知らないの? 常識だよ?」という、人を小馬鹿にしたような物言いで、優越感に浸る人がいる。
そういうのを「マウンティング」と呼ぶ。

マウンティングをとってくる人は、学生であれ社会人であれ、老若男女問わず、たくさん生息している。
本書では、マウンティングをとり、相手と比較して相対的に優位に立ちたい人々を「マウンティング・ゴリラ」と命名している。
なんとも粋な名前ではないだろうか。
そして会社の中を「コンクリート・ジャングル」と呼び、広大な敷地に生息する、多様な生態系を観察している。
手柄を独り占めするテガラノドン、権力のある人とのつながりを強調するタイガーフォックス、
悩みすぎて自分を見失うナヤンデルタール人、などなど。
その他にも数多くの動物が、ジャングルの中でところ狭しと生息している。
マウンティング・ゴリラを始めとしたこれらの動物に共通する点は、コンプレックスの塊で、人に認められたがりだということである。

別にマウンティングしたければ、させておけばいいじゃない。
それで本人がスッキリして、また明日も頑張ろうと思えるのなら、それはそれで可愛いものじゃない。ウザイけど。
そんなマンティング・ゴリラを横目で見つつ、自分はこんな風にならないでおこうと、反面教師にして、自分の道を突き進むのがいいのではないか。
周りが言っているから、みんながそうしているから、という集団心理や同調圧力から手を引き、人に認められることを前提とせずに、承認欲求の奴隷解放宣言を掲げ、自分が納得できる生き方を模索する。
そもそも何を持って幸福と感じるかは、人それぞれ違うのだ。
あなたはそれが大事でも、わたしにはこれが大事、何を大事と感じるか、価値観は違っていて当たり前なのだ。
であれば、人が大事と考えていることは、ああそうなんですねとその価値観を尊重しておいて、じゃあ自分はどんなことを大事に思って、どんな価値観を抱いているのか、きちんと向かい合って自ら考えること。
社会に受け入れてもらうことを前提とせずに、好きなことをやっていたら、気づいたらいつの間にか社会に受け入れられていた。
そんな状態が自分の居場所になる、そう述べられていた。

承認欲求を根絶することは難しいけど、他人と比較するからムズムズするのだから、目の端にでもおいといて、自分のことに全力で集中すること。
人を見ている暇があったら、自分を成長させることに時間を割くこと。
マウンティングがなくなれば、心もギスギスしなくていいかもね。

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