cadaver

殺人ホテル / 世界の終末で開演される演劇は、死への誘い

舞台というと、普通は席に座って、壇上の舞台でストーリーが繰り広げられるのが普通だ。
普通というか、一般的なイメージは、そういうもんだと思う。
だけどこの映画では、観客はただ座って見ているだけではなく、役者の後を追って舞台の続きを、展開を、追うことになる。

世界は核戦争によって荒廃した終末世界になっていた。
街は廃れ、道には死体がそのまま転がっている。
食べ物は少なく、少しでも安全なところを求めて、人々は彷徨う。
希望もなく、今を乗り切ることだけを考えなくてはならない。
そんな世界に嫌気がさし、楽になるため命を投げ出す者もいる。
そんな鬱積した世界にを紛らわそうと、一夜限りの舞台が行われることになった。
突如として公演されることになった舞台に人々は興味が湧き、たくさんの観客が、舞台となる高台のホテルへと足を運ぶ。
食料がない中で、舞台を鑑賞し、料理も振舞わる。
ホテルの内装は立派なもので、外の世界が荒廃しているなんて忘れるぐらいに、別世界であった。
観客にはマスクが配られ、素顔の演者と観客と見分けがつくようにとのことだった。

『殺人ホテル』という題名そのままに、なんのひねりもない、もう観る前から予想がついてしまって、結末がどうなるのかを知りたい、ただそれだけだった。
演者を追う途中で演者を見失い、その途中で娘を見失ったレオノーラ。
彼女は娘のアリスを見つけるためにホテル中を探し回り、ついにはホテルの裏の世界へ迷い込み、この大仕掛けの舞台の全容を知ることになる。
マスクを被った観客の半分ほどは捕らえられ、殺され、食肉へと加工される。
その現場を見て全てを悟ってしまったレオノーラ。
舞台は第2幕が開演しようとしている。
新たな観客がホテルに到着したからだ。観客、いや、獲物が。

開演前に出された美味しい料理も、実は前回犠牲になった人間の肉だった。
食料が尽き始めている世界で、残っているものは人間。
生き延びるために演劇という餌で人々を釣り、集め、食料を確保していく。
幸運にも生き延びたものは家族として迎えられ、次の舞台で役者として観客を騙す側に回る。
レオノーラは支配人マティアスに詰め寄る。
娘のアリスを返して! 娘をどこにやったの!
しかしレオノーラは観客から演者としか見られなかった。
どれだけ本当のことを言っても舞台の一場面としか思われていない。
迫真の演技。そう思われても仕方がない。
なにせ観客は演劇を観に来たと思っているのだから。
マティアスにしらを切られたレオノーラは、であれば演者として皆を導こう。
観客は演者の後を追うように言われている。
それを逆手に取り、皆を真実の舞台へ導くのだ。
いやあ上手いなあ。
仕組みを逆手に取られて動揺するマティアス。
家族として仕方なく、生きるために役者として残ることに決めた人々さえ、その実情を知らなかった。
こうしてマティアスの舞台は幕を閉じる。

大いに騙された。
一緒のテーブルを囲んだ人の中にサクラがいたなんて。
一緒に動揺して喚かれれば、そりゃあ信じてしまうよ。
一体どうなっているだ、と。
それで正常な判断を狂わせて、大事な人を亡くして、もうどうすることもできなくて。
それで家族にならないか、家族になれば養ってやれる、希望もない外の世界にいるよりは、ここで役者として演じる方がよほどマシだろう、と。
そんなこと言われたら、コロッと寝返っちゃうよね。たぶん。
ホテルを舞台にした大掛かりな騙し舞台。
表面的な豪華さに圧倒されてしまうけど、本当の真実はすぐ足の下に広がっている。

マティアスは良くも悪くも己の利欲のために動いただけ。
そんな気がする。
それをいいとは言えないけれど、荒廃した終末世界で、食べ物もなく、希望もない。
生き延びるためには倫理がどうとか、道徳がどうとか言ってられない。
食べるものはある。目の前に。
問題はどう集めるか。ただそれだけ。
そして考え付いたのが、この世の中だからこそ、現実を忘れられるものに人々は食いついてくるだろう。
料理が出るならなおさらだ。

享楽を餌に、獲物を集めた。
おそらくマティアスにとってはただそれだけのことにすぎないように思われる。
そして演劇を生き延びたものに役者としての生きる道を提供し、救世主としての体裁も持てる。
実に狡猾な男だ。
それでも人間は最後に気高さを選ぶのだろうか。
人を騙して殺してまで生きる必要はない。
そんなことをするくらいなら死んだ方がマシだ。
大きくなっていく権力の裏に残虐さを見た彼の取り巻きは、終止符を打った。
まるでローマ帝国で君臨していたカエサルがブルータスに殺されたように。
飛躍しすぎか。でもカエサルと重なったのだ。

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