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シェリ / 若い青年に恋をした中年女性の恋物語

高級娼婦を題材に描かれる物語の多くは、若くて勢いがある、ちょうど絶頂期にさしかかろうとする娼婦に、貴族階級の男性が愛をささやいたり、一目惚れした若い青年が愛の衝動のゆえに駆け落ちして、自由奔放な彼女に振り回されながら、過酷な運命に放り出され、最後は彼女が亡くなったりして悲劇的な幕引きになる、というようなイメージが多分にある。
『マノン・レスコー』とか、それに続く『椿姫』だとかを読んだぼくとしては、娼婦にまつわる古典はそのようなイメージが強い。

欲望を抑えた大人の女性

だけどこの『シェリ』では、逆に若い青年に魅了された娼婦がメインだ。
高級娼婦のレアは、もうすぐ 50歳になろうかという中年の女性。
まだ 1900年前半の当時では、50歳はなかなかの老年に差し掛かる年齢だったと思われる。
若い頃の体型をなんとか維持しようと頑張ってはいるものの、老化は確実に体にシワや衰えを刻んでいく。
若い頃に高級娼婦として人だったレアは、今までに貢がれたお金を堅実に貯金して、引退後は何不自由ない生活を送っていた。
レアにはブルーという娼婦仲間がおり、ブルーが生んだ息子のシェリと寝たりして楽しんでいた。

シェリは類い稀なる美貌を持ち、白い肌に筋肉質な体、道を歩けば年齢に関係なく女性が振り向いて、うっとりと眺める。
シェリにとってはそんな女性の視線は日常茶飯事で、別に気にかけるようなことでもない。
男からしても羨ましい限りなのだが、20代の青年は 50代のレアを乳母代わりのように親しみながら、彼女と甘いひと時を過ごしていた。
若い青年と中年の女性という組み合わせは、当時では珍しいものだろう。
なんだかんだ甘えてくるシェリのことを可愛がるレア。
彼女はシェリのことが好きでたまらず、自分のものにしたい、という強い欲求を持っていた。
でも、立場や関係性からそんな思いを抱かないよう自分を律していた。
シェリが 18歳ぐらいの若い少女と結婚することになったとき、レアは本当は自分のモノにしたい思いを懸命に抑え、取り澄まして見送ることにし、シェリとの関係を断ち切った。

堪えきれない思い

新婚生活を始めたシェリ。
そして結婚を機に長い旅行に出かけたレア。
もう会わないと思いながらも、どこかで求め続ける 2人。
旅行から帰ってきたレアは無意識にシェリの姿を探し、シェリもレアが帰ってくることを待ち遠しく感じていた。
物語の終盤でついに再開した 2人。
しかし、胸の内に秘めた思いはそれぞれ異なっていた。
青年のシェリにとってレアは、甘えさせてくれるおばさんのよう感じていた。
中年のレアにとっては、シェリは欲望の対象であり、結婚して新妻もいるのに、わざわざ抜け出して私の元に来てくれた、やっぱり私はシェリと一緒にいたい、と思うようになる。
結婚した時には抑えていた感情が、再開したことによってほとばしる。
でもシェリはそんな感情は持っていなかったし、求めていなかった。
2人の間にある思いがずれてしまったことで、なんだか切なさが残るような、苦い感じの幕引きだった。

中盤でシェリは、レアの姿を求めて街にさまよい出る。
今までレアに求めていた甘えのようなものを 18歳の新妻に求めることもできず、今までの暮らしが心地よかったシェリは、また前のように戻りたいと思っていたのだろう。
それが彼の足をレアの家へ向かわせたのだろう。
やっぱりシェリもレアと一緒にいたいんだなぁなんて思ったけど、彼の「一緒にいたい」はレアとは違う温度のものだったのだ。

女性が描く恋愛の姿

恋愛にとって「若さ」というのは大きな要素になる。
そして老いは確実に若さを蝕んでいく。
年齢に負けないようにレアはお手入れを欠かしていなかったし、醜く落ちぶれたくない思いが、彼女の見た目を保っていたんだろう。
それでもやはりシェリに比べれば歳をとりすぎているし、シェリはレアをそういう対象として見ていなかった。
「あと 10年ぐらい若ければ」とレアも言っているように、年齢差のある恋愛は、立場なんかも含めて難しいのかもしれない。

いつもは男性が若い女性を求める、という構図になるのが多いし、著者も男性が圧倒的に多い。
でもこの『シェリ』を書いたコレットは女性で、女性の方から若い男性を求めるという描き方、また年齢差のある恋心を描くのもなんだか現代的で、「時代を先取りしているのでは」という解説を読んで、当時の時代の構図に囚われない自由な思想の持ち主だったらしい。
年齢差が壁になって報われない思いという、大人のビターな恋愛観を垣間見たような気がした。

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