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笹の舟で海をわたる / 戦後の時代を生きた人とともに歩む思想の違う二人

人の一生をこんなにもじっくりと堪能したことは、未だかつてない。
戦時中の疎開村で過ごし、ひもじく、貧しく、厳しい時代を生き抜いて、日本の復興・発展、高度経済成長、昭和天皇の崩御と平成への時代の突入、バブルの崩壊や、新しい時代へのシフトを経験した世代。
まさに激動の時代といってもふさわしく、今とはまた違った意味での、目まぐるしい時代を経験した世代。
ぼくにとってはおじいちゃん、ばあちゃんに当たる世代だけど、ぼくが産まれる頃には亡くなっていたので、なんだか遠い時代のように感じる。
だけど昭和という時代の息吹や空気を、確かに感じることができた。

戦時中から厳しい時代を生きてきた人々。
誰もが等しくひもじさと貧しさを経験し、皆で支えあって乗り越えてきたからこそ、苦しい思い出を忘れ、良い部分だけを記憶して、希望のある未来を皆で思い描いていた。
ある意味で、苦しかったことを忘れるように、振り払うかのように、邁進してきたように感じる。
みんなで頑張っていこうという風潮が日本にあふれ、人情という人の温かさが滲みでていた時代なのではないかと、節々に感じられた。
しかしまた同時に、自分に都合の悪いことも一緒に忘れてしまおうとしていたのかもしれない。
あの時は苦しかったのだから、誰もがそうだったのだから、仕方ないと言い聞かせて。
過酷な状況の中でも人は優劣を決める。
自分より弱い存在を作り出すことによって、苦しさを軽減するのだ。
だが、それを忘れない人たちが少なからずいたのも、また事実だろう。

どんな逆境にさらされても、それを養分としてさらに大きく成長する。
自分が育ってきた現実を直視して、受け入れて、その経験に負けないように、押しつぶされないように、一生懸命に自分の足で立とうとする。
苦しい時代を歯を食いしばって生きてきたからこそ、ちょっとやそっとのことで音をあげたりしない。
自分の力で人生を切り開いていく人は、たくましい。

日本人には奥ゆかしいという気質がある。
自己主張を控え、他人の意見に同調し、周りの意見になすがまま、流れに身を任せれば、いさかいも起きないし、平穏に暮らすことができる。
それが幸せだと思っていた。
だけど人は隣の芝生が青く見えるものだ。
そして自分の幸せを踏み台にして、さらに青々と繁らせようとしていると錯覚する。
最後は、自分から全てを奪おうとするのだと思い込む。

その人にはその人の幸せの形がある。
考えや思想が違うなら、比較しても仕方がない。
誰しも懸命に生きている。
目に見えないだけで、苦しんでいる。
それを忘れてはいけない。

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