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ナイル殺人事件 / 愛によって狂わされた運命

世界的ミステリー作家、アガサ・クリスティーの原作、『ナイルに死す』を映像化した今作。
前作には『オリエント急行殺人事件』が上映されているようだけど、残念ながらぼくは観れていない。
というか、そもそも前作があったことを知らなかった。
いつか機会があれば観てみようと思う。
(「いつか〜しよう」というのはしないことへの常套句となっているので、必ず、忘れずに、観ようと思う。もちろん観たいものリストに入れている。)

映画の冒頭では戦争のシーンから始まる。
なぜポワロがあの特徴的なヒゲを生やすことになったのか、そのいきさつが描かれる。
正直、これは一体何のための布石だろうかと疑問であった。
そして最初、もしや観る映画を間違ったのでは? と不安にもなった。
この戦争のシーンから、どうやってナイルへとつながっていくのかも不思議だった。
あの戦争によって顔に大きな傷を負ったポアロ。
当時の恋人は醜くなったポアロの顔に臆することなく、「ヒゲを生やせば目立たなくなるわよ」といって、ポアロを安心させた。
そんな心優しい恋人だったが、戦争の被害にあい、帰らぬ人となった。
彼は、恋の痛みを二度と味あわないため、また愛しあった恋人の思い出を、別に人によって上書きされないためか、女性を愛することを自ら封じた。
しかし、招待された旅先である歌い手の女性に魅力を感じ、禁じていた恋心が芽生え、ありのままを受け入れて愛してもらうには、「自分の醜い部分もすべてさらけ出した上で、愛してほしい」そんな含みが、最後のシーンに現れているのではないか。
他にもいろんな考察があるだろうが、ぼく的にはそう感じた次第だ。

「愛」といえば、このミステリーの物語もまた、愛によってもたらされた悲劇だった。
愛というのは、人に勇気もたらすものでもあり、人を狂わせ、愚かにするものでもある。
このナイルでも殺人も、愛と欲に目がくらんだ人たちが起こした犯罪だった。

悲劇の的になった人物は、大富豪の遺産を相続したリネットという女性。
彼女にはジャクリーンという親友がおり、ジャクリーンは近々結婚することになっていた。
相手は無職の男でお金も持っていなかったが、顔だけはいい男で、リネットに仕事を斡旋してくれるように頼んできた。
そんな彼氏思いのジャネットだったが、無職の男サイモンは、あろうことかジャクリーンを裏切り、大富豪のリネットへ鞍替えし、スピード結婚することになる。
どんなに愛情があったとしても、お金の魅力には逆らえないのだろう。
自分を裏切って幸せになろうとしている元彼氏サイモンと、彼氏だとわかっていながら横取りしたリネットを、ジャクリーンはもちろん許すはずがない。
新婚の 2人はエジプトでハネムーンを祝っていたが、ジャクリーンは招待されていないにもかかわらず、執拗に 2人の後を追い続けた。
愛を引き裂く拳銃を手にして。

リネットとサイモンは、ジャクリーンがついてこられないように、招待客を率いて豪華な船に乗り込み、ナイル川遊覧へと旅立つ。
しかしジャネットは諦めが悪く、船の中にまで追いかける。
周りが川という逃れようのない舞台の上で、ある意味での密室殺人が行われ、富豪のリネットが殺害される。
この時点で完全に怪しいのはジャネットだが、いろいろなことが重なり合って、彼女にはアリバイが成立していた。
ポアロはリネットの頼みで同じ船に乗船しており、この殺人事件を解決しようと、さまざまな関係者に尋問を始める。

フィアンセを殺された夫のサイモンは容疑者から外され、疑わしいジャネットも、犯行当時のアリバイが成立していた。
元恋人同士で、今はいがみ合っている 2人。
この水と油は決して混ざり合わないだろうと思えるのも無理はない。
そう人に固定概念をすりこむことで、まさか裏では協力しているなどと誰が予測しえただろうか。
彼らは表面ではいがみ合っている風に装い、皆を騙していたが、本当のところ、彼らは愛によって結ばれていた。
リネットを魅了し結婚にこぎつけ、遺産の相続人となったあとに彼女を殺し、お金を手に入れてから、2人で幸せを謳歌しようと企んでいたのだ。
欲望は周りを見えなくさせてしまう。
ジャネットは金の多さには興味がなかったが、愛し愛されることを望んでいた。
しかしサイモンは金に興味があった。
ジャネットはサイモンの欲望と自分の欲望を満たす方法を見つけ、うまく折り合えるように周到な計画を練った。

最初はリネットだけ殺せばよかった。
しかし物事はそううまく運ばない。
殺人の現場を見られた使用人を殺し、そのまた殺人現場を見られたポワロの友人を殺し、罪に罪を重ねていった。
友人を殺され激情したポワロは、鋭い観察眼と推理力によって犯人を暴き出す。
追い詰められ、逃げ場がなくなり、捕まることを悟ったジャネットは、サイモンとともに死ぬことを選び、引き金を引いて心中を遂げる。
愛によってもたらされた悲劇は、愛によって永遠の沈黙という形で終わりを告げた。

エジプトのピラミッドや神殿、美しいナイル川など、映像美が優雅さを引き立たせつつも、物悲しい悲劇を強調するようでもあった。
公開が発表されててからコロナ禍になり、上映まで 1年とちょっと引き伸ばされてしまい、ぼくにとっては、待ちに待った作品であった。

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