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犬神博士 / やんちゃ少年だった頃のすてきな思い出

山奥に住んでいる男は皆から犬神博士というあだ名をつけられており、別名キチガイ博士とも呼ばれている。
暑い日も寒い日も一枚の服しか羽織らず、ふんどしもつけないという出で立ちで、普通の人とは感性が違うという意味でも、キチガイ博士と呼ばれているようだ。
そんな犬神博士は、なぜそのようなキチガイ風になってしまったのか、博士の過去にヒントがあるのじゃなかろうかということで、子供の頃、7〜 8才ころの話を回想することになる。

旅する大道芸人家族

犬神博士は両親からチイと呼ばれていた。
彼の両親は育ての親であり、彼を生んだ実の親のことは知らなかった。
チイの家族は大道芸人として各地を放浪しており、母親が三味線を弾き、父親は太鼓と唄を担当し、それに合わせてチイが踊る、という方法で日銭を稼いでいた。
チイの踊りは父親が仕込んだもので、チイは踊りにかけては天才的な素質を持っていたらしく、チイの踊りでソコソコの稼ぎを得ていたようだ。
特に警察の目を盗んで踊る卑猥なダンスは、道ゆく多くの人の目を愉しませたようだ。
チイは男の子であったが、女の子の格好をさせられていた。
化粧をすると女の子と間違われるほど可愛らしく、女の子がお尻を振りながら踊るので、物珍しいのもあり、よけいに客が群がってくるのだろう。
チイの母親は気性が荒く、チイに大きな荷物をいつも背負わせて、遅れればしたたか打つという虐待の親であった。
賭博付きでイカサマをする母親は、いつも父親を負かし、家族の中でも金をせしめていたというキチガイぶりであった。

チイはどんなにひどい親で実の親ではないとしても、両親のことを慕っていた。
しかし両親は金と交換してくれるなら、チイのことを売ってもいい、身代わりに差し出してもいいと思っているような人間だった。
そんな薄情な両親は嵐の中飛び出していって、チイはその後を追うもはぐれてしまい、結局見捨てられることになってしまう。
チイの踊りのおかげて稼げていたにも関わらず、血が通っていないこともあってか、損得でしか見ていないような非情な人間だった。

大人顔負けの少年

親孝行なチイだったが、両親とはぐれてからは、嵐の中ぶっ倒れていたチイを介抱した医師のところで養生していた。
ちょうどそのころ、直方では炭鉱の所有権をめぐって国と会社の縄張り争いが巻き起ころうとしていた。
日本国としては、日清戦争が勃発した時には石炭が必要になるため、先に確保しておきたいという思惑があった。
しかし、炭鉱を取り仕切る会社の社員たちは、自分たちで支那に戦争を仕掛け、勝利するために石炭を取られるわけにはいかなかった。
同じ戦争に勝つため、という目的は一緒でも、その方法に折り合いがつかなかったため、国と会社は今にも喧嘩を始めようと息巻いていたところだった。
チイはそんな直方の状況を知って、自分が喧嘩を止めてやろうじゃないか、と子供ながらに息巻く。
雑魚は相手にせず、親玉の社長と、国の手先の県知事、両方を説得すれば問題は解決するだろうという単純な考えを持っていた。
そんな単純な考えも、運命のいたずらで、チイが橋渡し役となって両陣営のボス同士の顔わせに貢献することになる。

チイは子供とはいえ、勝気な性格をしていて怖いもの知らずだった。
大人でも縮みあがりそうな強面の大人を相手にしても怯むことなく、むしろ大胆にも他の人が聞いたら肝を冷やしそうなことも平気で言ってしまう。
でも、それは表裏のない性格だと思われているところもあるし、まだ小学生ぐらいの子供だということもあるだろうし、見た目が女の子のようで可愛らしいから、というのもあるだろう。
小さな女の子がストレートにものをいうことのギャップもあったかもしれない。
女の子のような格好をし、化粧もしていたら男の子だとは誰も思わないだろう。
大人のことを冷ややかな目で見ることもあり、世間の常識などに縛られていない子供目線で、大人の不恰好で不自由な世界にズバズバと物を申していく。

巻末の解説によると、犬神博士は日本の神々の特性を備えており、日本武尊に似せている、という視点も面白かった。
光源氏や日本武尊たちは、神であるがゆえに流浪し、艱難に耐え辛苦を味わわなければならない定めにある。
彼らに共通しているのは、一つは少年であり、二つは両性具有であり、三つめは流浪であるということ。
そして神は乞食だという結論もなかなかに面白い。
詳しくは巻末を読んで欲しいところだ。

後半になっていくにつれてスケールが大きくなっていくチイの物語。
しかし、なぜ女の子のように可愛かったチイが、どんな人生を送ってキチガイ博士と言われるようになったのか、その詳細は語られることなく終わってしまう。
この小説は未完のようで、最後の事件からどうなったのかわからないので、想像するしかない。
結構長かったので、もし完結していたら『ドグラ・マグラ』のような大長編になっていただろうと感じる。
暗めの印象がある夢野久作の小説としては、明るめな部類に入る小説だと思う。

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