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スーツケースの半分は / 思い切って行動したからこそ幸運は訪れる

ぼくは旅が大好きだ。
旅に関する本や雑誌はいつまで見ていても見飽きることはないし、写真やエッセイを読んで脳内で空想の旅に出る。
今はコロナ禍で海外旅行は簡単にできないものの、また自由に移動できるようになれば、一生旅をして生きられたらどんなに素敵だろうと思っている。

この小説に登場する人物は、旅が好きな人たちばかり。
異国の土地に憧れを抱いてずっと夢を見ていて、思い切って一人飛び出した人。
毎年豪華なホテルに泊まって、一時でも俗世から離れたい人。
バックパック一つでアジアを歩き回り、ドミトリーで他の旅人と交流し、地元の人達、空気を堪能したい人。
人によって旅のスタイルは人それぞれ異なる。
友人と数人で連れ立って観光するものいいけれど、自分のペースで、好奇心の赴くままに探索するのもいい。
安宿に泊まって人と交流してみたいし、たまには豪華なホテルに泊まって優雅に過ごすのもいい。
ぼくはいろんな旅のスタイルを少しずつ試してみて、その時々の気の向くままに放浪したいのが夢だ。
そんな様々な旅のスタイルを少しずつ紹介しながら、うまく物語としてまとめている短編小説。

旅行に行ってみたい。
憧れのニューヨークに行ってみた。
夫には旅行に行きたいと何度もいっているのに、時間がないとうまくあしらわれ、姉妹には老後に行こうといいだす始末。
何十年先のことなんてどうなるかわからない。
その時になれば病気で行けないかもしれない。
行けるときに行かないと一生後悔する。
そんな悶々と過ごしていたある時、フリーマーケットで、澄み渡るような青色の革のスーツケースを発見する。
そのスーツケースに一目惚れした彼女は、衝動買いし、その勢いのまま憧れのニューヨークへ、一人旅に出ることにする。
そのスーツケースには、一通の手紙が入っていた。
「あなたの旅に、幸多かれ」
そのスーツケースとともに旅に出かけた者は、人生に何かしらの発見をもたらし、その人の進む先に光を当てる。
いつしか仲間内ではこの青いスーツケースが「幸運を運んでくれた」ともてはやされるようになる。

旅をすることは自分と向き合うことにもなる。
住み慣れた日本という地を離れ、全く文化も価値観も考え方も違う土地に一人で訪れる。
見知らぬ土地でいろんなことに出会い、そのたびに壁にぶち当たり、悩み、苦しみ、自分の弱さと向き合う。
普段ごまかしている部分と対峙して、自分はどう感じているのか、どうしたいのか、
どう生きたいのかを考える。
人生と旅は似たようなものがあるし、色んな所でよくいわれる。
この先どうするか最後は自分一人で判断しなければいけない。
野生の生き抜く強さを旅が目覚めさせる。
自分人でもなんとか生きていける強さを、旅が思い出させて自信をつけてくれる。
なんだか大層なことを書いているし、実際どうかはわからないけれど、ぼくは旅にそういう力があると勝手に思っている。

旅には夢がある。
世界はインターネットや SNSで身近になったけれど、実際に自分の目で見て、肌で感じてみてわかることがある。
画面越しに見るものと、実際に体験することには雲泥の差がる。
人生は一度きりしかない。
やれない理由はいくつでも見つかる。
やりたいことをやろうと行動に移す人はどれだけいるのだろう?
自分で自分の可能性を潰すのは嫌だし、人から強制されて潰されるのはもっと嫌だ。

やらない後悔よりやって後悔する方がいい、とはよく聞く。
やってみないと上手く行くかどうかはわからない。
やってみて無一文になるかもしれない。
どうやって生きていけばいいか途方に暮れるかもしれない。
逆に思ったよりうまく行くこともあるだろう。
衝動に任せて無計画すぎるのもいけない。
だけど、自分の直感がざわついたら、その声に耳を傾けて、自分の可能性を信じていきたい。
旅には未知のものと触れ合う魔力があると思うのだ。

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