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その住人たちは / 全ては自分のために。善意の皮を被って近づく悪魔

人は過去の栄光にしがみつきたいものだ。
うまくいっていた時の自分のイメージのまま、それがずっと続くと思っている。
でもいつしか自分は時代に取り残されて、「今」の時流についていけなくなる時がくる。
その時自分を変えることができるのか、世間に憤慨するのか。

ハビエルは広告業界で輝いていたものの、今では過去のものとなり、ろくに仕事にありつけずにいた。
豪華な家に暮らしていたが家賃を払えなくなり、後ろ髪を引かれながら出て行くことになる。
しかしハビエルは執着していた。
自分の成功の証として、快適な暮らしを手放すことができなかった。
そして自分の問題点と向き合うことをしなかった。
ハビエルは、かつて自分が住んでいた家に新しい住人がいることを知る。
そして彼は、大胆にも昔の鍵を使って家に侵入する。
我が物顔で歩き回り、住人の私物を覗き見、その家族の隠された秘密を垣間見る。
さらにハビエルは、家族の夫がアルコールで問題を抱え、断酒会のサポートグループに顔を出していることを知り、夫に近づくために足を踏み入れる。

この映画、果たしてどのように行き着くのか、最初はわからなかった。
しかしハビエルの行動がエスカレートしていき、彼ら家族の情報を知ることによって、今の立場を捨て、新しく乗り換えようとしていることに気づくと、言葉にできない戦慄と、気持ち悪さと、人間の醜さに、不快な感情に包まれてしまった。
ハビエルをサイコパスというのかはわからない。
もしかしたら、サイコパスかもしれない。
なぜなら自分の欲望を叶えるために、周りの状況を巧みに操り、自分のものとしようとするからだ。
人は弱みを見せられ、自分と同じ境遇に共感すると、力を貸したくなるものだ。
その特性を逆手に取り、善意の顔をして近づいていく。
そして本当に欲しいものを得るために細工を仕掛け、自分の手中に収まったならば、邪魔なものを切り捨てて自分がのし上がる。

こんな人に遭遇すると、必ずトラウマとなり、人を信用することなど 2度とできなくなるにちがいない。
それほどまでの衝撃を、この作品では味わってしまった。
自分への認識の歪みは、環境を自分に合わせようと、強引な賭けにでるのだろうか。
そして一部の人間は、その賭けに勝ってしまう。
被害に遭わないようにと祈りながら、いつ出会ってしまうかわからない怖さが、不気味さを増します。

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