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伝わるしくみ / コミュニケーションは受け手の共感ポイントを探ること

ああそうだなあって激しく納得するのは、コミュニケーションを力関係で表せば、受けとる人の方が圧倒的有利な立場にいるんだなあということ。
送り手がどんなに頭悩ませて、ひねり出して、これだ! という一文やキャッチコピーを打ったとしても、それに反応するかどうかは、すべて、受け手が反応するかしないか。
ただそれだけしかない。
こうしてほしい、ああしてほしい、読んでほしい、反応してほしい、他も見てほしい。
送り手は自分にできる思いつく限りのことで精一杯アピールする。
これでもか、これでもかとアピールする。
送り手は自分の欲求をさらけ出して、受けとった相手を、思惑通りに動かしたい。
送り手の猛アピール攻撃を受けて、同意するか、拒絶するか、無視するか、どんな反応を取るかは、受け手の思い一つ。
コミュニケーションにおいて、すべての権限を持つのは、コントロール下に収めるのは、受け手なのだ。

受け手が判断を握っている現実を、受け止めなければならない。
どんなにあがいたところで、受け手に「フッ」と軽くあしらわれてしまえば、それがどんなに苦労したものでも、送り手の負けだ。
だから送り手ができることは、受け手が望む言葉を言ってあげることだ。
受け手の欲求や不満、不安を代弁して言ってあげること。
この人は自分の考えをわかっている!
と受け手が感じれば、共感を得ることができる。
送り手は受け手と共感できる部分を探し、そこをくすぐることによって、少なくとも拒絶や無視を決められる確率は、減るだろう。

コピーライター、ブロブ、ラジオ、ビデオ、ツイート。
なんでもそうだが、発信する側に立って、多くのリスナーに振り向いてもらいたいなら、伝えたい人たちが共感してくれる部分を盛り込むこと。
どんな部分を、どんなふうに切り込んで、とりだして、受け手を動かすことができるか。
物事をいろんな場面から眺めることができれば、いろんな切り口でとりだすことができる。
いろんな切り口にメスを入れられるようになるには、脳内に経験のデータベースが必要だ。
データベースを構築するには、「考える」という工程を数限りなく踏まないといけない。
表現の差別化だけでなく、発想の豊富さ。
発想が豊富なら、共感ポイントもそれだけ探しやすくなる。

とは言っても、ぼくはどちらかというと人を動かそうとしているのではなくて、ぼくはこの本や作品を観て、読んで、こんなふうに感じたんですけど、あなたはどう思いますか?
できれば感想を聞かせてほしいなあ、っていうスタンスなんです。
ぼくが書いた記事で、あーだこーだ言ってみたい、という。
あ、これがもしかして、送り手の欲求、というやつなのか。
この記事が、他の記事も含め、伝わっているといいな。

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