night-in-paradise

楽園の夜 / ギャングの抗争の中で、人間の美しさと醜さが同居する

極道の世界っていうものは、あまりよく知らないけれど、主従関係がはっきりしていて、自分が仕えている頭のためには危険も犯す部下と、自分のために働いてくれる部下は可愛いもので、貢献してくれる部下は大事に扱い、そんな部下は何があっても守り抜く頭。
身内を大事にしないと抜けられ、内部情報を抱えて、抗争相手のところへ流れてしまうかもしれない。
絆を大切にするが、裏切るものには容赦がない。
ぼくの中では、極道の世界は、こんな感じ。

抗争相手が邪魔だけど、自分ではどうすることもできず、手をこまねいているのを見かねた部下が、単身で相手の懐に入り込み、手を下す。
命を預け、危険に晒すからには、頭には、それなりの人間性や人望が必要なのではないか。
「この頭のためなら、なんだってやります。」
「自分の命など惜しくはありません。」
そういう覚悟は見上げたものだし、プロと言える。
だけど、自分の命をかけるのならば、それ相応の価値があるかどうか、見極めも大事ではないだろうか。
そしてこの主人公は、命を捧げるほどの頭に恵まれたと言えるのだろうか。

姑息な人間はどこまでも自分が大事だ。
さらに自分の背後にいる大きな存在に守られ、簡単には抗争相手も手を下すことができないとなれば、小心者の人間も、傲慢に陥る。
自らが招いた罪でも断罪されることはなく、全ての罪をなすりつけることで話は丸く収まる。
その罪を、自分が可愛がっている一番の部下に押し付けることで。
守られるはずだった部下と、己の保身のために部下を裏切った頭。
抗争相手の頭を手にかけたことについて、いつか報復が来ることは覚悟をしていたに違いないない。
命が奪われることを予期していたかもしれない。
だが全てが仕組まれていたとなれば、どうだろう。
人間の欲望をむき出しにし、残酷さも、醜さも、嫌悪も、悲惨さも、狡猾さも全てさらけ出して、ああこんなにも人間は愚かで、自分勝手で、わがままで、という負の感情を目一杯味わわされる。

だけどその対比のように、大切なものの笑顔を守りたい。
極道の家族だったことで、負わなくてもいい心の傷を受けた者に、これ以上苦しまないでほしい、人を失わないでほしい。
そんな人間の美しさ、素晴らしさも描き、人間も捨てたものじゃないよ、と語りかけてくる。
それでも現実は過酷なもので、容赦がなくて、終わらせるためには、清算をしなければいけない。
業が煮詰まったものを野放しにはできない。
因果応報は必ずやってくる。
そんな結末に、負の感情が洗われるようだった。

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