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ダークナイト / 悪に染まった狂人は街に混沌を呼び込む

バットマンの存在は、犯罪の抑止力になると思われた。
悪を決して許さず、犯罪者は法の下で公正に裁かれる。
マフィアが街を牛耳ることなく、汚職警官が賄賂を受け取ることなく、正義心を持った人々によって秩序が維持されると思われた。
バットマンの効果は、全く無意味だったわけではない。
しかしバットマンの登場によって、反感を抱いた犯罪者も現れる。

ブルースは、バットマンとして日々悪を監視し、犯罪者と戦っていた。
時には激しい戦闘になることもある。
どんなに頑丈な装備品を身につけていたとしても、人間、生身の体には限界がある。
もしかしたら、いずれ戦闘で命を落とすかもしれない。
いつまでもバットマンとして戦えるかわからない。
ブルースはふと将来のことについて考えるようになる。
せっかく秩序を取り戻そうとしているゴッサムが、バットマンがいなくなることでまた昔のように戻ってしまったら。
せっかくの自分の苦労が泡になってしまうし、正義のために戦っている人たちの苦労も報われない。
ゴッサムには、バットマンがいなくなった後でも、街を託せる新たな存在が必要だと考えていた。

そんな折、ゴッサムには優秀な検事が現れていた。
ハービーと名乗る検事は、犯罪者に対して容赦がなく、どんな手を使ってでも、それが多少強引だったとしても、犯罪者を牢屋にぶち込むことができるなら、手持ちのカードを切ることができる人物だった。
街中の人たちが彼の評判を支持していることで、ブルースは、彼こそが今後のゴッサムを導いていく、ふさわしい人物だと思っていた。
マスクを被らなくても犯罪者を裁くことができる。
そんな人物がいれば、バットマンもいずれいらなくなるだろうと。

正義というのは、対象が変われば考え方も変わってしまう。
ハービーは愛する人を殺されてしまった。
そして自身も大火傷を負って変わり果てた姿になってしまった。
ジョーカーはハービーの愛する人を殺したのだろう。
だけどその罪を警察に擦りつけた。
犯罪者だと思っていた者は本当に犯罪を犯したのか?
裁きを下す者はみんな正しいのか?
誰が敵で誰が味方なんて決めつけることができるのか?
こんな目にあったのも、警察が裏切ったからではないか?
ちょっとした疑惑を吹きかけることで、復讐に囚われた人は簡単に騙されてしまう。
どんなに正義感に溢れる人物だったとしても、簡単に人は悪の道に足をすくわれてしまうんだよ、とジョーカーは得意げに語る。
街の希望の光となったいた人物は、今や犯罪者として落ちぶれてしまった。
ゴッサムの将来を託せると踏んでいたブルースは、深い絶望感に襲われる。

ジョーカーは混沌が支配していたゴッサムが好きだった。
火薬と硝煙を愛するジョーカーは、多くの建物を破壊し、たくさんの人の命を危険に晒す。
混沌にまみれた街に住む人々は、お互いに不満や欺瞞を持っている。
ちょっとだけ背中を押してあげれば、正義の名の下にお互いを殺しあって、混沌が生まれる。
しかしバットマンが現れて以来、街は秩序を取り戻そうとしている。
犯罪行為に手を染めようとする者は少なくなり、マフィアも鳴りを潜め、汚職警官の数も減っていたのだろう。
ジョーカーにはそれが耐えられなかった。
秩序が生まれることで、街には退屈が広がった。
バットマンさえいなくなれば、街はまたもと通りになる。
混沌に支配された面白い街が蘇る。
だからジョーカーはバットマンを是が非でも殺そうとする。
ただ殺すだけでは面白くない。
どうせなら、そのマスクの下に隠れている素顔をさらけ出したい。
彼がマスクを脱ぐまで、ジョーカーは人を殺し続ける。

ジョーカーは、バットマンが自分を殺すことで、彼もまた自分たちと同じ犯罪者であると世間に伝えたかった。
正義面をして犯罪者を取り締まっているが、人を殺してしまえば奴も同じ人殺しだ。
バットマンとジョーカーと、その間にどんな差があるだろう?
ジョーカーは人を殺すことに躊躇がない。
そして自分を危険にさらすことも躊躇しない。
人を殺し続ければ、必ず奴はやってくる。
そこで殺しあって、ジョーカーが死ねばバットマンは犯罪者。
バットマンが死ねば街に混沌が戻ってくる。
どちらにしてもジョーカーにとってはメリットがある。
だからどんなに窮地に立たされようと、彼は余裕の笑顔を絶やさない。
ぼくにはそんな風に感じられた。

ジョーカーは「本能のままに行動する」「計画は立てない」
と言っていたが、本当はどうにも計算高いように思う。
人の心を読むのに長けているからこそ、先回りして爆弾を仕掛けたり、自分が有利に立ち回れるように下準備をしているのではないか。
言葉とは裏腹に、策略に長けていると感じる。

バットマンは人を殺すことができない。
だがハービーの死は説明のしようがない。
ゴッサムを希望の光で導こうとした人が、人を殺そうとしたことを公にはできない。
バットマンは代わりに罪を背負うことで、犯罪者に対して強い嫌悪感を抱き、街が正義を強化することに掛けたのかもしれない。
市民が自分たちで正義を求めさえすれば、犯罪はなくなることを信じて。

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