the-game

ゲーム / 人生を揺るがすような、巧妙に計算された危険な遊び

人生が狂い出す「ゲーム」

ニコラスは 48歳の誕生日を迎えようとしていた。
惜しくもその年齢は、彼の父親が命を絶った年齢でもあった。
その歳が近くになるにつれ、ニコラスの脳裏には当時の父や少年だった頃の記憶がよぎっていた。
ニコラスには年下のコンラッドという兄弟がおり、長年会っていなかったものの、久々に顔を見せに来た弟。
ニコラスはコンラッドから誕生日プレゼントとして、ある「ゲーム」への招待券を渡された。
バンカーの仕事をしていたニコラスは仕事に追われていたが、好奇心にかられ、CRSが主催する「ゲーム」を受けてみることにする。
様々なテストを行い、1日かけて費やしたにも関わらず、「ゲーム」の参加結果は不合格と言い渡されてしまう。

だが、ニコラスが契約書にサインした時点で、「ゲーム」はすでに始まっていた。
ニコラスが受けたテストは性格診断や能力、体力面の計測し、彼はどんな反応をしてどんな行動をとるのか、を詳細にシミュレートし、ニコラスがギリギリで踏みとどまれる塩梅のところを攻める、彼に合わせた過激な「ゲーム」を展開する。
一体どこまでが「ゲーム」なのか、どこで終わりを迎えるのか、CRSがいつどこで何をしてくるか、誰が関係者なのか常に気にしながら過ごさなければならなくなる。
「ゲーム」の途中で知り合ったクリスティーンという女性は、CRSから逃げ出そうとして命を狙われている境遇を知り、共感を覚えたニコラスだったが、それすらも「ゲーム」に組み込まれ、簡単に騙されてしまう。
次々と不可解なことが起こるようになって、何が真実なのか、誰を信じたらいいのか分からなくなってくる。
自分の信じていた世界が崩れていくようで、下手したら精神が崩壊するのではないか、一歩間違えれば狂人になってしまうかもしれないような、危険な綱渡りをしている気にもなってくる。

サプライズ

命の危険を感じるような場面にも遭遇し、全てを失い、無一文になって異国の地に放り出されるニコラス。
彼は自分を騙した クリスティーンを始め、CRSの関係者に復讐しようと乗り込み、今度は自分が主導権を握ったように感じていたものの、それすらも計算しつくされた「ゲーム」のストーリーだった。
冷静さを失ったニコラスが弟を撃ち殺し、殺人を犯した絶望からとにおり自殺を図るまで、全てが予測された「ゲーム」。
テスト結果をもとにニコラスの性格や傾向を把握した上で、最初から最後まで CRSの手のひらで踊らされていた、とも言えるのではないだろうか。

ものすごく簡単に言ってしまえば、モニタリングとかドッキリと同じように、「今までのは全部仕組んだことで嘘でした〜」みたいなサプライズ感のある終わり方。
今まで順調だった生活が一変にして奈落の底に突き落とされ、もうダメだと思っていたのに、「本当にゲームだったんだ、良かった」と安堵のため息が漏れる。
たった数日で人生が狂わされ、最後には死まで覚悟したのに、
そこまでもゲームによって仕組まれていた。
助かったことに喜びを感じ、試練の過程で本当に大切なことは何なのか気付かされる。
地位や権力やお金を持っていたとしても、何かのキッカケで 1日にして失ってしまうこともある。
でも人間の絆や関係性は、信頼があればいつまでも残り続ける。
有形資産よりも無形資産の方が大事である、という意図も含まれているような気もする。
人生にとって大切なのは何なのかを、危険な「ゲーム」によって悟らせているのかもしれない。

簡単に受け入れられるか

ニコラスは「ゲームであってくれ」と何度思ったことだろう。
全てが終わって、命があってよかった、と思っただろう。
でも、その過程で橋の危険にも遭い、形見の時計も売ってしまった。
たとえ「ゲーム」の終わりが来たと安堵したとしても、「もしかしたらまだゲームが続いているんじゃないか」と疑心暗鬼になってしまうかもしれないし、途中で本当に狂人になったり、精神が異常になったかもしれない。
いかにテストで精巧に判断されプログラムが組まれていたとしても、ターゲットが死んだり予測に反した動きをしたら、その責任を取れるのだろうか?
「ゲームで良かった」と本当に心から安心して、また次の日からいつも通りの日常を送ることができるのだろうか。
更に言えば、ニコラスの父が 48歳で自殺を図ったことを知った上で、彼に取っては厄年のような誕生日に、彼を精神的に追い詰め、弟を撃ち殺したショックで自殺を図る。
まさに父と同じような最後を遂げようとさせる「ゲーム」に招待した、兄弟のコンラッドに違和感、もしくは嫌味を感じずにはいられない。
父が自殺した歳を乗り越えたニコラスを祝いたいためか知らないが、悪趣味だとしか言えない。
と、なんとなく批判的な感想を抱いてしまった。

映画としてはハッピーエンドで終わるのだけど、これが自分の身になった時に、ニコラスのようにドッキリをすんなり受け入れて、サプライズバースデーを祝えるのか、と考えると、ぼくは受け入れられないかもしれないし、翻弄され振り回されおちょくられたことに憤慨するかもしれないな、と感じた。
人によって感じ方、受け止め方が分かれるところだと思うけれど、少なくともぼくにとっては面白くもないし、気分を害しそうだった。
たとえそれが大人気ない態度だと言われたとしても、ぼくは納得できないだろうと思う。

その他の記事