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ドリアン・グレイの肖像 / 本人の代わりに醜さを引き受けた肖像画

美しい容姿を持ち、まだ 20歳という若さのドリアンは、彼の美貌に惚れ込み、彼をモチーフにした肖像画を描きたいと熱望する画家に、自身の肖像画を描いてもらった。
その出来上がりを見たドリアンは、肖像画はこのまま色褪せることなく、若さを保ったまま存在できるのに、自分は年月が経つにつれてシワが増え、腰が曲がり、髪は白くなり、肌はたるみ、老いさらばえて醜くなってく現実に耐えられなかった。
どうせなら、この肖像画が自分の代わりに老いていけばいいのに、そうすれば自分は永遠の若さを保つことができるのに、とありえない希望を口にする。
だが、そんな淡い希望を口にしたことによって、それが現実となってしまうというところが、この小説の面白いところだ。
もし自分の肖像画が、自分の代わりに歳を取ってくれるなら、そして自分は永遠の若さを保つことができるなら、ぼくはもちろん肖像画を描いてもらいたい。

ドリアンは人が口走った願いが本当に現実になるとは夢にも思っていなかった。しかし、ふと見た肖像画が、明らかに描いてもらった時よりも劣化しているように見える。
最初は口がたるみ、口角が下がっているかのように見えた。最初はただの見間違いだろうと思っていた。でも、後からよく見ると、確実に劣化している。
ドリアンは、肖像画が劣化してく現象を人に気づかれてはまずいと思い、鍵をかけた部屋に運び込み、誰にも気づかれないようにした。
ドリアンは裕福な家系だったので、屋敷には使用人がいたのだ。
彼らに気づかれないように、誰かが屋敷を訪問して噂が流れないように、ドリアンは肖像画の存在が人に漏れることを恐れていた。

年月が経つにつれて、肖像画は確実に老いていた。髪は禿げ上がり、シワは増え、醜い男と化していた。
肖像画が描かれてから、まだ数年しか経っていないのに、絵の中の彼は普通よりも速いスピードで美が失われていった。
人は心も醜くなれば、それが顔や身体にも滲み出してくるものだと思う。
しかしドリアンの場合は、どんなに悪いことをしたとしても、全て肖像画が代わりに背負ってくれるので、彼自体は何年経っても 20歳の若さと美貌を保ったままだった。
周りの人は、ドリアンが全く歳をとらない件について、悪魔と契約を交わしたのではないかという噂が出たりして、話題の種となっていた。

若さに魅入られた男たち

ドリアンはもともと純粋な性格で、いい意味で世間知らずなようなところがあった。
肖像画を描いてくれた画家には、ヘンリー卿という友人がいた。このヘンリー卿は、物事をシニカルに見る面があって、この小説ではたびたび名言と感じるような言葉を残していて、個人的にはすごく好きな人物。
ドリアンもまたこのヘンリー卿を慕うようになっていく。
このヘンリー卿は、若さこそ尊いものであり、美しさを反映するものだと言ってはばからない。
若さこそ素晴らしいという考えに共感したからこそ、ドリアンは若さを保つことを夢見るようになり、醜くなってく肖像画を隠し、若さを保っている自分自身と比べて優越に浸っていたのではないかと感じる。

ドリアンの外見と内面の醜さを一手に引き受けてきた彼の肖像画。
どんな非情な出来事も吸収し、生身の体の代わりに生身の体の代わりにその身に深いシワを刻んできた肖像画。
ドリアンの影の存在として生きてきた肖像画。
最後に肖像画を切り裂こうとしたドリアンだったが、肖像画の呪いだったのか、今まで溜め込んできた全てをドリアンに跳ね返し、醜い姿になったドリアンはそのまま死んでしまう。
そして彼が死ぬことによって、肖像画は描かれた当時の若いドリアンの姿へと戻っているという、なんだか示唆的な終わり方で幕を閉じる。

若さや美に魅入られた男と、ファンタジー要素のある設定。
人生の教訓や現実を言い得たようなヘンリー卿の人生観など、とても面白い内容の小説だった。
ちなみに、人生経験豊富そうなヘンリー卿。彼はどんなことも冷ややかに、批判的に、世の中の現実を語るのだけど、それが『平凡物語』に出てくる叔父さんと似ているように感じた。
都会を夢見て田舎から出てきた若い青年に、現実は全然味気なくて、恋愛よりも仕事の方が大事だよ、恋愛なんて人を狂わせるだけだからね、と滔々と語って聞かせ、青年の夢をズタズタに切り刻むのだけど、そういう批判的なところが、『平凡物語』の叔父さんを彷彿とさせた。
もっとも、ヘンリー卿の方がまだ若いし、そこまで辛辣ではないけれど。

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