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博士と狂人 / 英語辞典の編纂が生んだ出会いの奇跡

オックスフォード英語辞典の編纂に取り組み、大きな功績を残したジェームズ博士とウィリアム元軍医。
この大変な偉業に携わった彼らは、言語に関する情熱によって結ばれた。
A〜 Zまでの全ての単語を網羅し、かつ単語 1つ 1つの歴史を洗い出し、意味の移り変わりをも網羅しようという途方もない大事業。
結局ジェームズ博士は Tまで編纂したところで亡くなり、意思を継いだ人たちの手によって、70年という歳月を経て完成した大辞典。
でも単語というのは、その時代時代によって意味が変わり、新しい単語も増えてくる。
辞典は作ったら終わりではなく、改訂し続けていかなければならない。
辞典の編纂に終わりはない。
でも、ジェームズ博士とウィリアムによって、その礎が築かれた。

狂人が犯した罪

ウィリアムは元アメリカの軍医で、戦争のトラウマを抱えていた。
戦時中に起こった出来事が彼の精神を蝕み、妄想に取り憑かれた。
無関係な男を銃殺し、精神に病を抱えているとして病院に送られる。
彼は自分が生み出した妄想によって、自分を殺しに来る人の影を恐れていた。
ウィリアムは自身の罪に打ちひしがれ狂人となった。
それだけ自分の行なった行為を恥じており、責任を感じている、という裏付けになるのでは、とも感じる。
ただその罪に押しつぶされてしまうほど弱かったのだろう。
ウィリアムは誤って銃殺してしまった男の家族へ責任を取るために、アメリカから振り込まれる軍人手当を渡すことにする。
殺された男の妻エリザは、たくさんの子供を抱えており、食いつなぐのに精一杯だったからだ。

ウィリアムは亡霊の影に怯えていたが、ある仕事をすることで平静を保つことができた。
ジェームズという独学で何十種類もの言語をマスターし、彼が携わることになった「英語辞典」の編纂に協力することによって。
膨大な単語、膨大な意味、遠大な歴史で使われてきた英語を、一つの辞典にまとめよう、という壮大なプロジェクトが立ち上がった。
ジェームズ博士は、英語を操る全ての国民に、単語が引用されている文献を教えてくれるよう手紙で協力を求めた。
その手紙を見たウィリアムは、17〜 18世紀に引用された単語の情報を求めていることを知り、病院の中で本をかき集め、ジェームズ博士へ送り届けた。

ウィリアムは心を病んでいたものの、その仕事によって回復しているかのように見えた。
さらに、彼は未亡人のエリザを助けようといろいろ手を尽くし、彼女も最初こそ恨みを抱いていたが、徐々に顔をあわせる内に、彼女の恨みがだんだん解けていく。
人との関わり合いを通して、ウィリアムは正常に戻っているように感じられた。
ジェームズ博士という共通の仕事に取り掛かる友人を持ち、エリザという被害者に自身を捧げることによって。

狂人の贖罪

ウィリアムはエリザには受け入れられるようになっていった。
しかし彼女の長女は、惨めな生活へと落ちぶれ、その原因を作ったウィリアムを到底許すことができなかった。
罪を乗り越えようとしていた彼に突きつけられる現実。
エリザに淡い恋心を抱いていたが、それは許されることではない。
自分はどこまでいっても罪人だし、犯した罪は消えない。
その現実を思い知らされたウィリアムは絶望し、自分を傷つけることで贖罪し、全ての人を拒絶するようになる。
開かれようとしていた心が、また閉ざされてしまった。

ジェームズ博士は献身的に協力してくれ、また並外れた知識を持つウィリアムのことを放ってはおけなかった。
英語辞典への貢献は多大なるものであり、罪人だからという理由で捨て置くことはできない。
ウィリアムの協力があったからこそ、行き詰まっていた編纂の作業が波に乗り出したのだ。
エリザもウィリアムの人間性に触れ、愛を感じることによって、彼を窮地から助け出そうとする。
狂人は数奇な運命を送ってきたが、友人たちの協力と愛によって助け出される。

言語博士の苦悩

ジェームズ博士とて、順調に英語辞典の編纂が進んだわけではない。
オックスフォードという名門から出版される辞典なのだ。
英語の起源となる国から辞典を出すこと、全てを網羅する完全な辞典を出すことは、名誉にも関わる重大なこと。
欠落ちも許されないし、恥をかくことも許されない。
だが、遅々として進まない作業に業を煮やし、権力争いで忙しい上層部たちから失脚を図られる。
せっかく家族全員で引っ越しして、生涯を捧げようとした仕事を、たかが大学を出ていないから成果が出せないと疑問視される始末。
犯罪者を協力させたこともリークされる。
しかし博士は諦めなかった。
夫人や推薦者の協力もあって、編纂作業を続けることができた。

どこでどんな風に人が繋がるかわからない。
何がきっかけで運命が好転するか転落するかわからない。
それでも、人との繋がりがどこかで、何かで作用し、見えない出口の光を照らし出してくれるのだろう、そんな人との暖かさがうかがえた気がする。

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