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2人のローマ教皇 / 聖職者の在り方

在籍中のフランシスコ教皇は人々からとても支持が高かった。
それは彼が人々にとても寄り添っていたから。
司祭でありながら教会の中で教えを説くだけでなく、外に出て人々と触れ合う、語り合う。
それこそが神の素で使える者の在り方だと認識していた。

2005年、当時のローマ教皇が殉教され、新しい教皇が選ばれた。
その教皇は保守派として教えを守り抜くことを良しとしていたが、当時のベルゴリオ (現在の教皇フランシスコ) は異なる考えを持っていたので、大司教の座を降り、1人の司祭として活動したいと辞任を願い出る。
辞任を了承してもらうために、彼は教皇ベネディクト 16世に会いに出かけ、そこで 2人の対話が始まる。
この 2人は考えが全く異なる。
ベネディクト16世は教会の保守派であるが、ベルゴリオはいわば進歩派のようなもので、教会は時代とともに変わらなければならない。
世の中に変化しないものはない。
教会も時代に沿うように変化していかなければ、人々は信仰に価値を置かなくなってしまう、と懸念していた。
問題は教会の外ではなく内側にある。
内側を変えていかなければ支持はされない、と訴えるも、ベネディクト 16世には響かない。

ベルゴリオはそんな教会のあり方に嫌気がさして辞任しようと願い出たのであった。
ベルゴリオはどんな人も快く受け入れていた。平等と愛を貫く。
そもそも神は差別することなく、どんな人であれ大きな愛で包み込む。
罪人にも寛大で赦しを与える。神はどんな時も常に人々と共に在る。
であれば神の使いである神父や司祭はそれを体現するべきである、と。
ベルゴリオは最初からそれができる人ではなかった。
若かりし頃は大きな過ちを犯し自分を悔いていた。
忘れられない過去を背負って逆境に耐えた時期を過ごした。
司祭でありながら人々を説くことができない時もあった。
だが過去の赦しを受け、人々の話に寄り添い続けた。
世界の問題を自分の問題のように受け止め、この世界を変えていかなければならない、全ての人がより良い生活を受けなければならない、と訴えかけるようになった。

「お前が教皇ならどうする?」ベネディクト 16世に問われたベルゴリオは、社会を良くするために動き、訴えかける、と。
その言葉通りベルゴリオは教皇となってから、世界各地に巡礼し、人々に訴えかけていった。
ベネディクト 16世が教皇になってから、様々な問題がとりだたされるようになり、このままでは教会の威信に傷がつく。
自分でもどうしようもないと判断した教皇は身を引き、辞任を要求した考えの異なる司教に後を託すつもりだったのだ。

意見が異なるからと蔑ろにするのではなく、今求められているものをベルゴリオが持っていると判断し、後任に選ぶ。
損得感情で判断しないところが常人とは違うなあと感じた。

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