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実力も運のうち 能力主義は正義か? / 学力の壁が貧富の差を生み出す

クリントンとトランプが、アメリカ次期大統領の座を狙って、互いにしのぎを削っていたことは、よくニュースでも聞いていた。
そしてトランプが当選し、大統領に就任したことは、世間の話題をさらい、大きな波紋を呼んでいた。
イギリスが EU連合を脱退するかしないか国内で議論を呼び、最終的には EU連合国から脱退することとなり、これもまた世間に波紋をもたらした。
確かにどちらも事件性といえば大きかったに違いない。
だけどぼくは世界政治状況に疎かったため、何が、どのような問題なのか、いまいちピンと来ていなかった。
それは滅多にニュースを見たり聞いたりしていなかったから、という理由もあるのだが。
この本を読んだことで、なぜトランプが当選したのか、なぜイギリスは国民投票で EU脱退に傾いたのか、その理由がなんとなくわかった気がする。

グローバル化によって国際的なつながりが強くなった現代、グローバル化の波に乗れている人と乗れていない人の間には、塞ぎようのない大きな溝が横たわっている。
その溝の名前は「格差」という溝だ。
裕福な者はますます裕福になり、貧乏な者はますます貧乏になる。
今の世の中は、自分の実力次第で成り上がることができる。
能力主義的な社会は、どんな者でも頑張れば報われる、能力や実力さえあれば成功する機会に恵まれているのだから、階級社会と違って機会は誰にでも平等に提供されている。
努力を重ねることで成功への階段に近づけるのに、貧乏なままでいる者は成り上がるための努力を怠っているから、いつまでたっても成功することができなんだ、という冷ややかな目で見られるようになってしまう。
世界では人種や、性別や、肌の色や、性的趣向によって差別しないようにしよう、という運動で徐々にマイノリティへの理解が生まれてきているが、経済格差においては、裕福な者から貧乏な者への差別は未だになくなっていない。

賃金の格差は、就ける仕事の内容によって大幅に変わる。
特に賃金の高い職業には、医者や弁護士、金融業界など、専門的な知的労働者に多く見られ、彼らはハーバードやイェールなどの、名だたる超有名大学の卒業生が大半を占めている。
そしてそんな名門大学に入学できる人たちは、親がそもそも裕福であり、入学金を支払える資金力がある人に限られるのだ。
資金のある家庭は、名門大学に有利に入学させるために、試験勉強対策にお金を注ぎ込めるし、多くの寄付金を支援している家庭には優遇される確率は上がるし、何としても入学させるために「裏門」への扉を開こうとする。
階級社会がなくなった先進国だけど、名門大学に入学・卒業できることは、社会的なステータスを獲得するために必要であるし、家系の地位を維持するためにも必要なこと。

成功への機会はどんな人にも平等に与えられている。
しかし立っているスタートラインが一緒でなければ、本当の平等といえないのではないだろうか。
能力主義の社会では、賢いこと、優秀であること、実力があることが、成功への判断基準になる。
それらの能力を持っていない人は成功への道が閉ざされてしまう。
能力主義に傾きすぎたことや、優秀な移民を受け入れることで、自分たちの職や居場所がなくなってしまう、と危機感を抱いた中流階級以下の人々には不満が溜まった。
自分たちの立場を守るために、外部の人を締め出そうとしたトランプや EU脱退に、多く人たちが支持をしたのだろう、という見解になるほどと感じた。

持てる者はさらに富み、持たざる者はさらに貧する。
これは人類史の歴史において必然なことだけど、貧する者はその人が怠惰だからではなく、少なくとも中流階級から抜け出せない要因が社会に蔓延している、そして学力こそが成功や出世を決める、という昔ながらの風潮が深く根を張っていることで、貧富に対する差別はなかなか無くならないのだろうと感じる。
実力主義は成功者を傲慢にさせ、貧困者は自分を追い詰める要因になる。
自分の実力の賜物だと感じても、それは周りに支えてくれる人がいたからできることであって、自分一人で成せることは少ない。
人は周りの環境によって左右されるのであり、成功者や富裕層はもともと家が裕福だったから、手間暇をかけられただけにすぎない。
皆が同じ教育を受け、資金を持ち、平等なチャンスを与えられているとすれば、富者が転落することもあるし、逆に貧しい者が成功することもある。
お金よりも「運」で勝負すること、それこそが本当の機会の平等であるといえるかもしれない。

正直内容が濃すぎて、一度読んだだけではうまくまとめることができなかった。

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