upper-class-lower-class

上級国民/下級国民 / 広がる格差社会をどう乗り切っていくか

80代の男性がひき逃げ事故を起こし、母親と幼い子供が死亡する痛ましい事件が起こった。
ひき逃げした男性は衰弱しているという理由で警察は事件を大きくしようとはしなかったが、実際のところ、その男性は偉い立場にいた人物のようで、その立場的に事件をもみ消そうとしているのではないか、と憶測が出た。
そのひき逃げ事件の後、別の男性が似たような事件を起こすと、今度は杉に逮捕されるという事態が起き、先日の男性とは処遇に差がありすぎるのではないか、との問題が発端となって、「上級国民/下級国民」という言葉が一時期ブームになった。
この上級/下級という言葉には、「身分の差」があることが揶揄され、差別をなくそうとする 21世紀の現代においても、未だに国民には身分の差が克明にあることが顕在化した事件となった。
のではないだろうか。

日本の雇用の仕組みが生み出した格差

この「上級国民/下級国民」は一体どうして生まれるのか、どうして無くならないのか、が簡潔に説明されている。
簡単に言えば、「男性の若者と壮年者に差がある」ということ。
日本の雇用慣行的に、正社員になれればとりあえず収入は確保できるし、生活も安定すると考えている。
だからみんな正社員になることを望んでいるけど、バブルが崩壊したりリーマンショックがあったりと、世界の経済が不安定になると企業も守りに入り、正社員を雇おうとしなくなる。
お金がかかる正社員よりも、派遣やアルバイトなどの非正規社員を一時的に雇った方がコストを削減できる。
就職氷河期に就活した若者は正社員になることができず、非正規社員として給料は安く、生活も安定しない。
日本的雇用慣行では年数が上がるたびに給料も多く、簡単に解雇することもできないため、おっさん世代が居座ることになり、辞めたいため役職もどん詰まる。
おっさん世代がボトルネックとなり、昇進することもままならず、かといって転職できるほど社会に流動性がない。
出世することもできず、正社員につくこともできず、あるのは非正規の安い給料の仕事だけ。
反対におっさん世代は会社に居座り続け、若者の居場所を潰している。
そんな世代間の状況がお金や立場の格差を生んでいる、というのが日本の姿のようだ。
あくまでもぼくが一読して解釈した内容なので間違っている可能性は高い。
けれどあながち間違っているわけでもないと思う。

また、必ずしも若者と壮年者だけとは限らず、若者の間でも正社員で働いている人と、非正社員で働いている人の待遇の差ももちろんある。
そして面白いのが、持てるものは恋愛においてもモテる、という点もなかなか面白い視点だった。
婚姻関係は一夫一妻制だけど、容姿やお金に恵まれた男性はたくさんの女性を虜にできるので、もしこの世が一夫多妻制であれば、持てる者が多くの女性を囲い込み、持てない者は限られた数からあぶれてしまう、というもの。
持てる者はモテる、と言葉をかけているけれど、あながち間違ってはいないのかもしれない。
そうなれば恋愛においても格差は広がっていってしまうだろう。

自由主義は個人の責任

もし、この世が身分制だったら、格差があるのは受け入れられるかもしれない。
自分ではどうすることもできない社会構造であれば、「自分がこんなにも惨めな思いをするのは社会のせいだ」と言うことができる。
こんな低い立場にいるのは自分のせいではい、とある意味納得することができる。
でも、現代の多くの国は身分制を廃止し、自分の能力・努力次第ではのし上がることができる、という自由主義の世界になっている。
「全ては自分次第」ということは、裏を返せば「出世できないのは自分次第」ということになってしまう。
「個人の自由」を主張しているのが「リベラル」であり、個人の自由意志でどんなこともできるので、出世しないのも「個人の意思で」選択することができる。
今の自分の現状は自分が選択したことの結果であり、出世できないのは自分がそれを望んだから、つまり、勉強して知識を増やして現状を変えようとしていない、と他人から見られてしまうということ。
テクノロジーが進化し、情報化社会となり、どんなことも簡単に知ることができるようになった。
世界はグローバル化し、国と国は今までにないほど近いものになった。
勉強して知識をつけることも容易になったし、自分が望めばどんなこともできる。
なのに不満を言っているのは自分で現状を変えようとしないからじゃないか? という目で見られてしまうのだ。

勉強して知識をつけた者は高学歴になり、ホワイトカラーやクリエイティブな職種に就くことができる。
対して勉強してこなかった者はブルーカラーになり、肉体労働で厳しい生活を余儀なくされる。
全ては自己責任という名の下で誰からも助けてもらうこともできない。
AIの台頭により職を追われそうになり、移民が流入して仕事に就けなくなるかもしれない。
仕事も家族も失った白人たちは、「白人だ」という点に最後の望みをかけて主張し、そんな危機的な彼らの声に耳を傾けたのがトランプ大統領であり、イギリスのブレグジットにつながる・・。
世界的なリベラルの影響が格差社会をより一層深刻なものにしている、ということも関連して見えてきた。
この問題を詳細に取り上げて哲学したのが、マイケル・サンデルの『実力も運のうち』なのか、と自分の中でつながった。

知識社会からくる格差はこれからも無くなることはないだろう。
であれば、生き残っていくために知識を増やし続ける努力はしないとけない。
そして会社よりも個人が力を持つようになっている時代だからこそ、個人の力・個人の信用を高めていく必要があるということ。
現状を嘆くだけではダメで、自分で抜け出す努力をしないといけい、ということなんでしょうね。

その他の記事