violet-evergarden-the-movie

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン / 「ありがとう」の一言が想いをつなぐ

アニメ版のヴァイオレット・エヴァーガーデンでは、ほぼ毎回といっていいほど泣かされた。
戦う武器として戦争に駆り出された少女。
少女を引き取り、面倒を見てくれた軍人の少佐。
少佐は戦争で深手を負い、死ぬ間際に「あいしてる」を少女に送った。
戦争が終わり、少佐の友人に引き取られた少女は、「あいしてる」の意味を知るために、自動手記人形「ドール」として、いろんな人の手紙を代筆し、読み手の心に響かせるような文面をしたためる。
ヴァイオレットは戦うことしか学んでこなかったため、人の心情の深さ、揺らぎ、思いを推し量ることに鈍感だった。
しかし、対話によって相手と向き合い、心に隠された思いを知り、伝えたい思いを手紙に素直にぶつけるその文面が、
自然と涙を誘い、いつも泣かされた。
そんなアニメの中で一番泣いたのが、冒頭のシーン。
病気で亡くなった母親が、娘の誕生日に毎年手紙を出す。
この話は本当に泣いた。
それほどに思い出深いシーンを持って来るのだから、粋である。

人は顔を合わせていると、なかなか面と向かって本音をいえない。
いつも感謝していることでも、直接伝えるのは恥ずかしい。
人の思いはうらはらで、心に思っていることと、態度に出すことが一致しているとは限らない。
だけどいつかは、きちんと思いを伝えたいと思っている。
ひどいことをたくさん言ってきたけれど、自分に正直になって、「ありがとう」を伝えたい。
そういう人のドラマが心を動かし、観ている人の感動を誘う。
大切な人の手紙、大切な人の言葉だからこそ、届くものがある。
そういう姿は、やっぱりいいなって心の琴線に触れる。

ヴァイオレットはずっと少佐のことを案じていた。
戦争が終わり、でも消息はつかめず、最後は爆破された建物にいたことで、もう死んでいることは確実だと思われた。
でも、彼は生きていた。
ある島に流れ着き、戦争の傷跡を背負いながら。
少佐は悔やんでいた。
ヴァイオレットを戦争の道具ではなく、きちんとした人間として扱ってやりたかった、できれば戦争に参加させずに、美しいものだけを見る人生を送らせてやりたいと願っていた。
心の優しい彼は、すべてを自分の責任として背負いこみ、ヴァイオレットに合わせる顔がないと思っていた。

しかしヴァイオレットは、優しく気遣ってくれたこと、少佐のそばに居れることだけが幸せだった。
「あいしてる」の言葉の意味をずっと探し求めていた。
少佐がいってくれた言葉を理解したいと思っていた。
何を伝えたかったのか、どんな思いだったのか、ドールとしていろんな人の手紙を代筆してきた彼女には、少佐の「あいしてる」の意味を知ることができた。
「ありがとう」の感謝の気持ちを伝え、同じ思いであることを伝えたかった。
そんなヴァイオレットの気持ちが、少佐の硬く閉じた心に響いたのではないか、と感じている。

いつも人前では人形のようで、感情の起伏を見せないけれど、少佐の前では当時の少女のように感情を素直に表現する。
少佐のこととなれば、心の動揺が身体にも現れる。
それだけ彼のことが好きで、彼のことを慕っている。
少佐の前では、いつまでたってもあの頃のままなんだな、と再会のシーンを観てジンときた。

やっぱり今回も泣かされた。
アニメという短い時間でも相当泣かされたから、劇場版ならもっと泣くだろうと勝手に期待値が上がっていたけれど、やっぱりそこは裏切らないヴァイオレット・エヴァーガーデン。
「あいしてる」を知りたかった彼女は、「あいしてる」を伝えることができて本当に良かったと思う。

電話ができて、手紙という文化は廃れてしまい、今では SNSですぐに想いを伝えられる便利な世の中になったから、手紙を書く人はかなり少なくなっただろう。
でも「想いを伝える」という行為は、いつまでたっても消えることはない。

その他の記事