your-son

息子のしたこと / 瀕死の息子の姿に苦悩する父親の正義は愛で歪む

子供のことを可愛がっている親なら、子供が意識不明の重体になって病院に運ばれたなら、気が狂う思いでしょう。
冷静な判断を下すことができず、「子供をこんな目に合わせた犯人を許せない! なぜこんな不幸な目に合わなければいけないんだ!」となって、目には目を、の理論が展開されるのは想像に難しくありません。
親子仲が良好なものであれば、なおさらです。

人間というものは、その時々によって見せる表情や態度が違います。
親といるときの顔と、友人といるときの顔と、恋人といるときの顔と。
見ている側の人は、そのときの顔しか知らない。
違う場所で、違う人といる時はどんな表情で、どんな態度をしているのかわからない。
だからこそ、目の前の人の態度がその人の全てだと感じてしまうのも、無理はないことだと思います。
父親思いのいい息子なら、責められるところは何もないはず。

人間は、動物の脳の上に、大脳新皮質という本能を抑えて、人間らしい振る舞いをとる理性の脳が覆いかぶさっています。
動物のように衝動的な欲求をコントロールし、冷静さを保ち、道を外れないように自制することができます。
が、一度振り切れて本能が勝つと、理性はどうしようもありません。
やはり人間も動物ですから、太古から刻まれたプログラムを抑えるのは容易ではありません。

どんな手を使ってでも、自分の手持ちのカードをフルに使って、犯人を突き止めようとする。
この父親は冷静でありつつも、確実に人道から外れて行きます。
しかし、犯人を突き止めることに囚われてしまって、倫理など追いやってしまう。
側から見るぶんにはわかるのですが、果たして自分がこの父親の立場になった時、自分の衝動を抑え、司法の手が下されることをじっと待つことができるのか。
自信のある人はどれだけいるでしょうか。
危険を冒してまで犯人を探し出し、ことの真相を知った時、父親は息子に対してどう感じるのか。
自分ならどう感じるのか。
信じたいものを信じるのか、事実を事実として受け入れるのか。

その他の記事